東京・日本橋浜町。この街に、20年以上にわたり愛され続けている鶏めし・鶏料理専門店があります。その名は『日本橋浜町 えび寿屋』(以下、えび寿屋)いまやテレビや舞台、撮影現場に欠かせない“ロケ弁の定番”として知られる存在となっています。
東京で創業し多くのお客様に支持されている同店ですが、その原点はなんと九州の「大分県」にありました。
今回は『えび寿屋』を運営する有限会社エビスフーズ取締役社長・田中敏光さんに、『えび寿屋』の主役である「鶏めし」との出会いとお弁当づくりへの想いを伺いました。
目次
大分で出会った「吉野鶏めし」から始まった、『えび寿屋』の挑戦

『えび寿屋』の看板メニューといえば、国産の鶏とごぼうをたっぷり使った「鶏めし」。大分県の郷土料理である鶏めしは、おもてなしの味として長く親しまれてきました。
田中社長が「鶏めし」と出会ったのは、結婚前に訪れたパートナーの故郷・大分県でした。百貨店の一角で販売されていた素朴なおにぎりを、何気なく口にしたことが後の人生を大きく動かします。
「鶏めしは、ごぼうと鶏肉がしっかり主張していて、具材の存在感がお米に負けていない。東京で食べていた“鶏五目”とはまったく別物でした。派手さはないけれど、力強くて深みのあるうま味を感じられたんです」
田中さんはその味が忘れられず、翌年には人気漫画『美味しんぼ』でも紹介された「吉野鶏めし保存会」を訪問。早朝から仕込みに参加し、味だけでなく、つくり手の姿勢や哲学まで学んだといいます。
そして半年後、勤めていた会社を辞めて独立。父が営んでいた氷砂糖問屋の屋号を受け継ぎ、『日本橋浜町 えび寿屋』として東京で大分伝統の味「鶏めし」を広める挑戦をスタートします。あの時の一口の感動が、形になった瞬間でした。
“確かな味があれば伝わる”を証明した日々

2003年12月10日、日本橋浜町に店舗をオープン。まずは存在を知ってもらうため、近隣の方々に商品を配って歩く地道な一歩からの始まりでした。創業当初は知名度も販路もなく、訪問販売のように街へ出て販売する日々。ビジネスマンが集まるオフィス街や東京駅周辺、茅場町方面まで足を運びました。
朝8時、スタッフは商品を抱えてそれぞれの持ち場へ向かい、2個入り・3個入りのおにぎりセットを販売。昼のピークで売り切れればその日の販売は終了です。売れる日もあれば、思うようにいかない日も。それでも歩みを止めることは決してありませんでした。
転機は翌年1月。人形町でワゴン販売をしていた田中さんに、大分県東京事務所の担当者が声をかけます。「なぜここで“大分の鶏めし”を?」その問いに、奥様の故郷である大分県との縁や、吉野鶏めしの味を東京で広めたいという想いを真っ直ぐに伝えました。
そんな田中さんに返ってきたのは「それなら共に広げていきましょう」という力強い言葉。ほどなくして京王ストア聖蹟桜ヶ丘店の『豊後牛(ぶんごぎゅう)フェア』への出店が決まりました。もちろん催事の経験はなく、知識も乏しい中での挑戦でしたが、「せっかくの機会だから」と家族総出で臨んだところ、周りの協力も仰ぎながら見事完売を果たします。
ワゴン販売から始まりスーパーの催事へ――地道な街頭販売の積み重ねが、新たな扉を開いた瞬間でした。この経験こそが「本当においしいものを、まっすぐ届ける」という現在の姿勢の礎となっています。
「稽古の合間で食べやすい」舞台から広がった“ロケ弁”としての『えび寿屋』

今でこそロケ弁の定番ともいえる『えび寿屋』ですが、その転機となったのは、ある舞台稽古場への差し入れでした。
「幕間の短い休憩時間でも食べやすい」
「冷めてもおいしい」
「しっかり満足感がある」
『えび寿屋』の鶏めしは舞台関係者の評判を呼び、やがてその声はテレビ局や撮影現場、イベント会場へと波及。注文は次第に増え、24時間365日対応という柔軟な体制も後押しとなり、“現場で頼れる存在”として定着していきました。
片手で食べられ、限られた時間でもきちんとエネルギーを補給できること。そして何より、忙しさの合間にふっと心を緩めてくれる味わいであること。
体力や気力も必要な舞台や映像制作の裏側で働く人たちの日常を支える食事として、『えび寿屋』の鶏めしは今日も選ばれ続けています。
おいしさの秘密は、炊き込みでも混ぜ込みでもない独自の製法

『えび寿屋』の鶏めしは、一般的な炊き込みご飯とも混ぜご飯とも一線を画しています。
炊き上がった白米に、別鍋で丁寧に煮立てた具材を合わせ、再び火を入れて蒸らし、旨みをじっくりと行き渡らせる。そうして全体がなじんだところで、熱を保ったまま一つひとつ丁寧に握っていきます。
作業効率を優先すれば工程を簡略化することもできるでしょう。それでもあえて手間を重ねるのは、「時間が経ってもおいしい」というお弁当にとって欠かせない条件を守るため。忙しい現場でフタを開けたその瞬間に、“いちばんおいしい状態”で味わってもらうための工夫が、この製法には込められています。
実際に試食させていただいた鶏めしは、ゴロっと大ぶりの具材と、旨みをたっぷりと吸い込んだお米が一体化した絶妙な味わい。噛むほどに広がるコクが心地よく、派手さはないのに、気づけばもう一口、もう二口と箸が進んでしまいます。
一般的な鶏五目ご飯とはひと味違う、どこか懐かしく、それでいて奥深いおいしさ。長年愛されてきた理由が、ひと口で伝わってきました。

鶏めしとあわせてこの日いただいたのは『オトナの海苔弁(チキン南蛮)』(税込1,190円)。
フタを開けた瞬間、甘酸っぱい香りがふわりと立ちのぼり、思わず箸を伸ばしたくなるおかずの数々。艶やかに光り輝くチキン南蛮は主役の風格をまとい、ひと口頬張れば、やわらかな鶏肉に絡んだ濃厚なタレのコクがじゅわっと口いっぱいに広がります。

味変には、別添えの特製タルタルを。まずピリッとした辛味が印象を残し、その後にまろやかな甘みが追いかけてくる“オトナ”仕様。南蛮ダレと重なり合うことで、味わいにぐっと奥行きが生まれます。
さらに、食べやすくカットされた海苔、かつおぶしや鶏そぼろを重ねたご飯など、細部まで計算された設計も秀逸。最後の一口まで心地よい満足感が続く、丁寧な仕事が光る一折でした。
素材の変化と向き合いながら、磨き続ける味
「一番こだわっているのは、お米です」
『えび寿屋』が重視しているのは、白米としてのおいしさよりも「鶏めしとの相性」。粒立ち、吸水性、粘り―― つくられた環境で表情が変わるお米は、毎年、実際に鶏めしにした時の味を確認して、産地や配合を見直しています。ときにはもち米をブレンドすることも。
お米を変えることで派手な変化はありません。けれど、その微調整が一口目の印象を左右します。誰も気づかない部分にこそ、職人としての誇りが宿ります。
鶏めしに使用するごぼうや鶏肉もまた、変化のある素材。季節や天候によって水分量や香り、繊維の張りまで微妙に変化します。そのわずかな違いを見極め、火入れの強さや時間、調味の塩梅を細やかに調整することも、日々の欠かせない仕事のひとつです。
一方で、いつ食べても「えび寿屋の味」である安定感も求められます。自然が生み出す個性を活かしながら、品質はぶらさない。その相反する課題に真正面から向き合い続ける姿勢が、変わらぬおいしさを支えています。
ロケ現場に寄り添う存在へ。『えび寿屋』が20年続く理由

田中さんが社員に伝えている言葉があります。
「20年生きてきたなら、20年分食べてきた“味のプロ”だよ」
正社員やアルバイトなど肩書きに関係なく、自分が本当においしいと思えるものを提供すること。納得できないものは出さないこと。そのシンプルな基準が、反響を呼び、紹介を広げ、20年以上の歴史を築いてきました。
慌ただしい撮影の合間、静まり返った楽屋、深夜の編集室――。さまざまな現場で、『えび寿屋』の鶏めしはそっと封を切られます。
ふたを開けた瞬間に立ちのぼる、やわらかな香り。一口含めば、ごぼうと鶏の旨みがじんわりと広がり、どこか懐かしい安心感が心をほどきます。
派手さではなく、確かさを。
効率ではなく、手間を。
ご縁から始まった『日本橋浜町 えび寿屋』の物語は、今日もまた、誰かの一日を静かに支えています。
『日本橋浜町 えび寿屋』のご注文・ご予約はくるめしで

素材の持ち味を活かし、丁寧な仕事で仕上げる「鶏めし」と和のおかずが詰められたお弁当が自慢の『日本橋浜町 えび寿屋』。出汁の旨みや焼き物の香ばしさを大切にした味わいは、世代を問わず安心して楽しめます。
・“きちんと感”のある和食弁当を探している
・鶏めしや鶏料理を思う存分楽しみたい
・会議や撮影現場でも食べやすい、上品で満足感のあるお弁当を選びたい
さまざまなシーンに寄り添う『日本橋浜町 えび寿屋』のお弁当は、撮影現場やイベントはもちろん、会議やおもてなしの場にもふさわしい一折です。『日本橋浜町 えび寿屋』らしい実直なおいしさを、ぜひ一度お確かめください。
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