「人生最後に食べたい」――。
味わった人にそう感じさせる魅力が、東京・大塚にあるおにぎり専門店『おにぎりぼんご』のおにぎりにはあります。ふっくらと握られた大きなおにぎりには57種類ものバリエーションがあり、今ではその味を求め国内外から多くの人が訪れます。
連日、行列の絶えない同店ですが、女将・右近由美子さんにはもともと調理経験がなかったそう。それでも必死に厨房に立つなかで、次第に右近さんはおにぎりづくり、そしてその魅力に気づいていったといいます。
「おにぎりは人の記憶に残る」そう語る右近さんには“人の心を満たすおにぎり”への深い哲学がありました。
今回は『おにぎりぼんご』の創業秘話や人気メニュー誕生の裏側、調理の工夫、そして創業66年目を迎えた今も変わらない、おにぎりづくりへの想いを伺いました。
目次
「みんなが食べられるものを」から始まったぼんご
『おにぎりぼんご』は昭和35年(1960年)、右近さんのご主人・祐(たすく)さんが創業しました。
ぼんごをつくる前、姉と共にバーを営んでいた祐さんでしたが、自身はお酒を飲まないこともあり「お年寄りも若い人も、誰でも食べられるもので飲食店をやりたい」と考えるように。そこでたどり着いたのが“おにぎり”だったそう。
「おにぎりは家で食べるもの」「冷めたものが当たり前」だった時代にぼんごでは“熱々の握りたて”を提供。さらに価格は1個30円と当時の電車賃の約3倍という、かなり挑戦的な設定で話題になったといいます。
それでも、その空気を含んだふんわりとした握りと、できたてならではのおいしさは瞬く間に評判に。学生やサラリーマンたちの常連客が増えていきました。
「おにぎり屋なんて当時はほとんどなかったけれど、きっと受け入れられると感じたんでしょうね。主人はね、最初から“これから先の未来”を見ていた人だったんです」そう語る右近さん。
また祐さんは創業からしばらくが経ち、店舗を移転した際には“1人で立つには広すぎる”と言われるほど大きな厨房をつくったそうです。
「“こんなに広くしてどうするの?”って周りから言われていました。でも今思えば、あれがこれから成長するぼんごに必要な“器の広さ”でもあったんですよね」
現在、多くの注文にも対応できる体制の原点には、創業時から変わらない祐さんの先見の明がありました。
未経験から突然“握り手”に

現在、女将として店を守る右近さんがぼんごと出会ったのは、19歳の頃。
地元・新潟から上京しましたが、当時の東京では米どころ新潟のお米の味に慣れ親しんだ右近さんが満足できるような「おいしいお米」には出会えなかったといいます。そんな時、友人に連れられて訪れたのがぼんごでした。
常連客として通ううちに、後に夫となる店主・祐さんと出会い、27歳差の結婚を経て、ぼんごとの縁を深めていきます。穏やかな日々が続くかと思われましたが、ある日突然、店の職人が倒れてしまい、調理も接客も未経験だった右近さんは急きょ“握り手”として店に立つことに。
「昭和のお客さんは厳しい人が多かったから“なんだこの握り方は”って怒られてばかりで……。本当に怖くて、一週間で胃潰瘍になりました」
慣れない接客とおにぎりづくり。逃げ出したくなるような日々でも、右近さんは店に立ち続けました。現場で叱られ、学び、やがて少しずつ技術を身につけていったそうです。
さらにその後、祐さんが病に倒れます。
右近さんは店を切り盛りしながら、毎日病院へ通い続けました。休めるのは、自転車のサドルに腰掛けている時間くらい。睡眠時間を削り、なんとか店の仕事と看病に追われる日々を乗り越えたといいます。
そんな懸命な看病も虚しく、祐さんは60歳でこの世を旅立ってしまいました。失意の中、お店を閉めることも考えたそうですが、ある時ふと「私は、この“まな板”の前に立っている限り、輝いていられる」と気付いたそう。その瞬間、おにぎりぼんごを守り続けていく覚悟が決まりました。
開発に2年も…57種のメニューを生むおいしさへのこだわり

現在、ぼんごのおにぎりは、57種類ものバリエーションを誇ります。
その一つひとつに、右近さんたちの試行錯誤とこだわりが詰まっており「どのメニューも我が子みたいな存在」と語る表情からは、おにぎりへの深い愛情が伝わってきました。
取材中、まず紹介していただいたのは、看板メニューの一つ「卵黄醤油漬け」(税込450円)。
「卵かけご飯をおにぎりで再現したい」という右近さんの発想から生まれた一品です。
卵を一晩冷凍し、凍らせた卵黄を醤油に漬け込むことで、まるで“きんかん”のようなコロンとした可愛らしい見た目と、ぎゅっと凝縮された濃厚な旨みを実現。シンプルながら一度食べると忘れられない味わいです。

続いては「ペペロンチーノ」(税込500円)。
どうしてもおにぎりにしたかった味だというこちらは、開発に約2年を費やしたそうです。
おにぎりにとって扱いが難しい油をどうまとめるかが課題でしたが、乾燥キャベツを使うことでその問題を解決。何度も試作を重ね、ようやく完成にたどり着きました。
定番のシャケを使ったメニューも、お客様のニーズに合わせて進化を続けています。
例えば、シャケがよりジューシーに仕上がるよう焼き方を工夫したり、マヨネーズの生臭さを抑えるために柚子胡椒を加えたりと、長年愛される定番だからこそ、細かな改良を積み重ねているそうです。
この日、筆者も実際におにぎりをいただきました。まずは「卵黄+肉そぼろ」(税込600円)。

一口頬張ると、濃厚な卵黄が熱々のご飯にとろけ、甘辛い肉そぼろと絡み合います。まさに卵かけご飯をそのままおにぎりに閉じ込めたような幸福感に、思わず夢中になって食べ進めてしまいました。
続いていただいたのは「ホッキサラダ+焼きたらこ」(税込600円)。
先ほどとは打って変わり、こちらはさっぱりとした後味が印象的。ホッキ貝のコリコリとした食感と、焼きたらこの香ばしい塩味が絶妙に調和し、食欲が刺激される一品です。
最後は「まぐろ角煮+葉とうがらし」(税込500円)。
ゴロっと大きめにカットされたまぐろ角煮は存在感抜群。甘辛く炊かれた角煮の旨みに、葉とうがらしの爽やかさがアクセントになり、後を引くおいしさでした。
どのおにぎりも、ひとつでしっかり満足感があるボリューム。それなのに、ふわっと空気を含んだ軽やかなご飯のおかげで、不思議と「もう一個食べたい」と思わせてくれます。
ぼんごのおにぎりの魅力は、具材の豊富さだけではありません。口に入れた瞬間にほろりとほどける食感や、炊き立てご飯の温もり。それらすべてが、忙しい日々でこわばった心と身体をやさしく包み込んでほぐしてくれます。
まるで、“母の手料理”のような安心感がぼんごのおにぎりには宿っています。多くの人が行列に並んでも食べたくなる理由を、身をもって実感しました。
仕込みに愛を、効率化よりも手作業のぬくもりを

ぼんごには、右近さんが厨房に立ち始めた当時から大切に守り続けている信念があります。それは“欠品を出さないこと”。
「北海道から飛行機に乗って来てくださる方もいるんです。その人に、今日は売り切れですなんて、絶対に言いたくないんですよね」
その言葉からは、目の前のお客様一人ひとりに真摯に向き合う姿勢が伝わってきました。
57種類という豊富なメニューを揃えながらも、欠品を出さないために日々の仕込みや綿密な発注を徹底。日々変わらず店頭に並ぶ一品の裏側には、地道な積み重ねがあります。
時代が進み、どれだけ効率的な調理法や便利なシステムが生まれようとも、ぼんごは「店での手仕事」にこだわり続けます。
「仕込みって“愛”なんです。レシピを読むだけじゃ十分でなくて、“今日の素材の状態”を見られる人を育てないといけない」
効率化が求められる時代だからこそ“人の感覚や手仕事”を大切にしたい。右近さんの言葉からは、常においしさと真剣に向き合い続ける職人としての誇りが感じられました。
おいしいに正解なんてない

ぼんごのおにぎりが長年愛され続ける理由について尋ねると、右近さんは静かにこう語ってくれました。
「おいしさって、いい食材を使っているからとかそういうことだけで決まらないんです」
例えば、母親が握ってくれたおにぎり。少し形が崩れていても、冷めてしまっていても、「あれが一番好きだった」と記憶している人は多いはずです。
誰と食べたのか、どんな気持ちで食べたのか。食にはその味わいだけでなく、それにまつわる大切な思い出があります。だからこそおにぎりの魅力も、味だけで決まるものではないと右近さんは考えています。
ただ空腹を満たすだけではなく、人の記憶や感情に寄り添えるものである、と。
「料理は心がつくるもの。だから私は、握り手の心がにじむようなおにぎりを通して“みんなで楽しく食べられる空気”をつくりたいんですよね」
ぼんごのおにぎりが、単なる“食事”を超えて“体験”として多くの人の心に残り続ける理由。その答えが、右近さんの温かいおにぎり哲学の中にありました。

「おにぎりは、人の記憶に残るもの」右近さんには、そう確信するようになった忘れられない出来事があります。
ある日、末期がんの患者さんから「人生最後に食べたいものとして、ぼんごのおにぎりを選んだ」という言葉を掛けられたのです。
「私は、この言葉を聞くために生きてきたんだと思いました」
その一言は、右近さんにとって、“おにぎり”という存在の重みを改めて教えてくれるものでした。おにぎりは単なる食べ物という枠を超え、誰かの心を支える存在になれる。
それ以来、おにぎりの魅力を伝えていくことが、自身の使命なのだと強く感じるようになったそうです。
現在は、学校などで「おにぎり教室」も開催。子どもたちに、日本のおにぎり文化や食の大切さを伝える活動にも力を注いでいます。
「私は、“タンポポの綿毛”みたいなものなんです。種を飛ばしていく役目なんですよね」
そう微笑みながら語る姿からは、ぼんごに留まらず、おにぎり文化そのものを未来へつなごうとする強い想いが伝わってきました。
“人を幸せにするおにぎり”を、これからも

学校での食育活動や各所でのおにぎり教室を通して、右近さんの想いは次の世代へと広がり続けています。
「ナンバーワンじゃなくていい。ぼんごは、“オンリーワン”でありたいんです」
右近さんにとって大切なのは、世間の評判よりも、目の前の誰かの思い出に残り、疲れた心にそっと寄り添い、「また食べたい」と思ってもらえる存在であること。
ぼんごのおにぎりには、人の温もりと、右近さん自身が長い人生のなかで積み重ねてきた想いが、ぎゅっと詰まっていました。
『おにぎり ぼんご』のご注文・ご予約はくるめしで

一つひとつ丁寧に握られる“ふんわり食感”が魅力の『ぼんご』のおにぎり。創業以来変わらず「一番おいしい状態で届けたい」という想いを大切にしながら、素材選びや仕込みにも徹底してこだわっています。
・ボリューム感がありながら、ほっと一息つけるような食事を探している
・定番から変わり種まで、豊富なおにぎりを楽しみたい
・撮影現場やイベントで、手軽に食べられて満足感のある軽食を探している
そんなさまざまなニーズに応えるぼんごのおにぎりは、忙しい現場に自然と笑顔が生むやさしさが詰まっています。
長年愛され続ける一握りのおいしさを、ぜひ一度味わってみてください。
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